銀盤にてのコーカサスレース?
         〜789女子高生シリーズ
 


       




 どうしてだろうか、リンクの氷の中へと埋没していた、不自然な影を見つけてしまった三人娘であり。だったら引率の先生か、こちらのインストラクターさんへ言えばいいところだったが、

 「……思い出した。」
 「久蔵?」
 「ウチの。」

 はい?と、省略され過ぎな一言へ小首をかしげた平八と微妙に違い、

 「そういえば、ホテルJのカードキーの配色ですね。」

 久蔵の両親が、経営者 兼 支配人として切り盛りしているハイソなホテル。大使館やテレビ局の多いM区にあるせいか、海外からのビッグなお客様も多く。そんなせいでか、館内のあれこれには先進のあれこれが導入されてもおり。各室の鍵をカードキーに移行したのも、たいそう早い時期からのこと。ホテルの客室用の鍵といえば、昔はアクリル樹脂の重々しいバーが鎖でつながった、いかにもなそれだったが。今時はどこも定期券サイズのカードキーが主流化しつつあり、そのカードがそのまま、ホテル内でのレストランやラウンジバー、エステサロンや展望ジャグジーなどなどという施設を利用するのにも用いられ。館内のキャッシュレス化という、スマートなサービスを提供出来るシステムが普及中。

 「でも、持ち出せるものなの?」

 昔むかしの鍵が大仰なホルダーつきだったのは、ああまでデカけりゃまずは紛失しにくかろという意味合いと(ホンマか?)、それからそれから、外出なさるときはフロントで預かったから。そうしておけば、訪問者があっても在館かどうかが一目で判るし、お出掛けのうちに清掃やメンテナンスもこなせるというもの。それと、

 「昔の鍵だったら、合鍵作られちゃいますよね。」

 町角によくある“即日仕上がります”なんてな業者さんへ持ち込まれたら一大事だと。アメリカ生まれの、しかも箱入り娘だったくせに何でか詳しい平八なのは、

 『だってゴロさんが、
  バッグバッカー?とかっていう旅行をしていた人ですものvv』

 そんな彼からいろんな話を聞いていたそうで。バッグバッカーとは、デイバッグ1つという身軽さで、出来るだけ低予算で国外を個人旅行する人のこと。国内や登山に限ってならば“カニ族”と呼ばれたそうで、主に 60〜70年代に流行したそうな。

 『……ゴロさんて幾つなんだろ。』

 じゃあなくて。
(笑)

 『そういや外国は鍵への考え方が厳重ですものね。』
 『つか、日本が甘すぎますって。』

 どんだけ平和で、しかも人を疑わない風土であることか。ちょっと前までは、作業現場で使うショベルカーやフォークリフトなんてな重機類の機動鍵が、同じ1本で賄えるようになっていて。それへ付け込まれて夜中に忍び込んだ窃盗団にごっそり持ち出されたこともざらにあったって言うじゃないですか。

 『今日びのアメリカじゃあ、
  ハイスクールのロッカーだって
  1個1個 別個の鍵になってるほどだってのに。』
 『いや、そういうところの鍵は日本だって別個なんだと思うけれど。』

 何だかお話も脱線して来たので元へと戻って来てくださいよ?

 「滞在中の外出程度なら、いちいち返せと言わないはずだが。」

 それ以前の話として、合鍵を作ろうとして情報を盗み出すなら、妙な言いようになるが何も外へまで持ち出す必要はない。磁気やICチップをスキミングするリーダー(読み取り機)さえあれば、館内に居たって出来ること。逆に、キーをどこかで無くしたと嘘をつき、そのままそのカードを又貸しするとかした末に、後日にこそりと入り込んでの無銭宿泊だの窃盗行為だのをしようと企んだとしても、

 「チェックアウトした時点で、データをきっちり書き換えるから。」

 失くしたなんてのは特にさっさと書き換えが行われるから、そのまま使おうたって無理な話だ、と。それらの理屈から言って、持ち出すことには意味もなし、よって さして咎め立てはしてないんじゃないかな?という結論を引き出した、三木さんチのお嬢様。

 「じゃあこれって、
  誰かがうっかりと持ち出して、尚且つ、此処で落っことしたってこと?」

 ホテルJのキーだとしても、対策はしっかりしているはずで。よってホテルの保安や何やには支障なしだろと。その点への安堵を得てから、あらためて見やったなぞの埋没物体は、

 「此処の氷がこうまで解けることってあるんですかね。」
 「〜〜〜〜?」

 リンクへの氷の張り方はというと、プール状になっているリンクの底に冷却材を流すパイプが張り巡らされており、それを冷やすことで張った水を凍らせるというのが基本。よりスピードが出るようにと、氷筍をウロコ状に敷き詰めるなど、様々な工夫もなされているが、基本的な管理はそうそう変わらないはずであり。先程、例に出したよに、ラインの引かれたフィールドが必要となる場合や、大会名、スポンサー名をリンクへ装飾したい場合。エッジで削られても消えず、氷の下から透けて見えるそれとするため、半ばまで一旦解かしてしまうこともあるのだろうが。そういう使われ方はしたことがないリンクである以上、こうまでの深さに紛れ込むには様々な要素が要るようで…。

 「……ううう、寒い寒いっ。」
 「とりあえず、フロアへ上がりません?」

 こうも寒くちゃ頭も回らぬと。背中や肩を震わせて、顔を見合わせた三人娘。怪しいカードは、でもでもそこから今すぐ逃げは出来なかろと一旦離れることとし。すっかり慣れた足取りで、踵を返しかけたものの、

 「…あ、そちらの3人も早く上がっておいでなさい。」

 どれだけ放任されていたやら。リンクの最奥にいて眸が離れ過ぎだった三人娘へ、向こうからもお声をかけたのが。彼女らをここまで引率して来た学園主任のシスターと体育主任の▽▽せんせい。あらためて見やれば、いつの間にか…そちらのフロアには他の女生徒たちも大勢いて、しかもしかも足早に、リンクアリーナから出てゆく方向へ移動中という流れとなっており。

 「あらま。皆してとっとと靴も脱いでますね。」
 「ホントだ。」

 さっきまでの“あんよは上手”歩調じゃないのがありありしており、

 「まだ時間はたっぷりあるはずでしたのに。」

 お弁当食べての午後までと、夕方までを此処で過ごす予定だったはずがこの早じまい。その昼食を先程済ませたばかりであり、少なく見積もってもあと3時間弱はあったはず。貸し切りだったので一般客も他にいず、だからこその一斉行動なのだろが。淑女のたしなみ、目上の人の指示にあまり“なんで、どうして”と異を唱えないというの、意識せずとも守れた彼女らだったのは、

 「…もしかして、この寒さが原因のようですね。」

 お揃いのウィンドブレーカをまとった身を縮ぢこめ、自分の二の腕を皆して抱きしめこすっている所作までお揃いと来ては。わざわざ“どうして?”と訊くまでもなく、こちらでも察しがついたというもの。先程、先生方がこちらの係員の方々と何か話し込んでおいでだったのも、それへ関してのことだったに違いなく。

 「暖房用のボイラーに不具合でも出たのかな。」
 「ボイラーって。そんな大仰なものでしょか。」

 今時ですから電気で稼働する空調なんじゃあと、思っていたらしい七郎次がそうと聞いたが、

 「ここまで大きな施設なら、
  重油で稼働するボイラーの方が、経費的にも安定を考えても効率的ですよ。」

 とは、道具(ツール)もののみならず、設備機械にも詳しいらしい平八の言であり。

 「それに、リンクを凍らせるためにっていう、
  圧縮ガスの取り扱い資格を持ってる人の常駐が、
  義務づけられてるはずですからね。」

 そちらは凍らせるための資格だが、危険物取り扱いが可能な人を雇うなら、空調システムへも眸を届かせてもらえるという格好で、責任者を兼任してもらえよう。

 「こうまで冷えてるって、やっぱり尋常ではなかったみたいですね。」

 さっきの足元がずぼらだったお兄さんは、そこのところを報告しに来たのだろうか。修復まで外でお待ちをということか、それとも、十分な温度までの暖めに時間が掛かるので、不手際を認めた上で、今日のところはお帰りをと?

 「しょうがないな、戻りましょ。」

 団体行動中なのだし、微妙に不審ないで立ちだったのが気になった係員のお人も、きっと大慌てでボイラー室から出て来てのこと、装備が不完全になってただけかも。乗り気じゃあなかったのは、平八だけではなかったものか。来たときの倍は早かろう、さっさかという小気味よい足取りで。帰りましょ帰りましょと足早に去ってゆく皆様の、最後尾の方々を見送って…いる場合じゃあない。私たちも指示に従わねばとの納得の下、

 「ほら久蔵殿も。」

 戻りますよと。まだ屈んだままでいたお友達の方へと振り返りかかった七郎次の眸へ、いやさ、肌合いレベルの感覚へ、ふるるっと伝わって来た何かがあって。

  ………… え?

 覚えのないものじゃあない。だが、すぐさま何とは思い出せず。その想いは平八も同様なようだったが、自分よりも近間にいた分、正体も視野に入っているらしく。そこから視線が外せないということは、

 “久蔵殿が?”

 彼女には特に覚えがある代物でもあろう、ホテルJのカードキー。それがどうしてだか、スケートリンクの半ばへ沈められ、氷柱花のように凍りついてる不条理さよ。随分と隅っこだったので、普通の営業で人が入っていたならば、案外と誰にも気づかれなかったかも知れないが、気づいてしまうと妙に後ろ髪引かれる存在でもあり…って、

 「気になるのは判りますが、何して……っ?!」

 何をしていますかと訊きかけた声を途中で放棄し、その代わりのように大慌てで屈み込んで。眼前の二人の肩を両手のそれぞれで引っ掴むと、ぐいと倒れ込むように後方へ引っ張ったところまでが正に一瞬。咄嗟にここまでこなせるなんて、女子高生にはあるまじき等級の、そりゃあ凄まじい早業だったが。ご本人にすれば、

 『もっとしっかりとした“退避”をさせたかったところですよ。』

 あすこまでしか出来なくなってるなんて、年は取りたくないでげすよと。とほほんと肩を落とした七郎次だったのへ、シチさんシチさん、大戦時よりかはお若いはずですがと、平八がお約束のツッコミを入れたのは、もちっと後の段でのお話。危険だ大変との把握と同時、お友達二人を避けさせたその対処が終わらぬうちにも、

  ぴしぱし・ぴきき、めりめり、ぴきちき……と

 随分な負荷がかかっての張り詰めさせたものへ、とうとう耐え兼ねてのヒビが走っているかのような。そんな硬質な破砕の音が、突然のそれとして立ち上がり。あっと気づいたときには逃げることさえ間に合わぬ、そんな追いかけて来るような加速と共に、氷の粉や細かい破砕片が足元から勢いよく舞い上がり、

  ――― ぱんっ、と

 爆発したほどの大きなものではなかったが、それでも…こんな何もないところで立ったなんて、不審極まりないだろう炸裂現象が起きてのこと。お嬢さんたち3人が、その衝撃で倒れたかと誤解されてもしょうがない、そんな引っ繰り返りようを決めており。

 「一体 何を……。」

 七郎次がハッとし、ぐいと後方へ引いたことで中途半端なかかりようになったのが、今回は幸いしたようで。かけてた本人もまた、相当に吃驚したものか。引き倒されての天を向いたまま、その身も表情も凍りついていたくらい。日頃の寡黙さとは種類が違うようだなと、気づいていつつも それでもなお、

 「何て危ないことをしてますかっ。

 微妙に掠れさせた声での叱咤となったのは、誰ぞに聞かれてはまずいと思ったからで。そんな判断が利くほどには、七郎次も何とか冷静だったのが末恐ろしいと、のちに彼女らの保護者にあたる“大人たち”が揃って呆れた“突発事故”の正体はといえば。

 「一体 いつの間に、
  超振動を使えるようになってますか、あんたってお人はっ!


 うあ、怖い。
(…おい) よくよく見やれば、手にはヘアピンを摘まんでおいでの久蔵殿であり。それへと念を送って、あの懐かしの必殺技、触れたものは皆 破砕してしまう、真のサムライのみが使えた奇跡の剣技を、その手へ呼び戻してしまったお嬢さんだったらしく。

 “兵庫せんせい、これから大変だなぁ。”

 久蔵殿のお転婆にこんな危険な飛び道具まで増えたんじゃあ、彼女の“義を見てせざるは”系の行動、きっと拍車が掛かるぞと。綺麗な眉を下げつつ、ついでに撫で肩をも萎えさせてしまった七郎次だったものの。……その点は、相身互いなあんたたちではなかろかと、兵庫殿のみならずの他の大人たちも、ツッコミやら苦笑やら、禁じ得ないのではなかろうか。それはそれとして、

 「…シチさん、そこまで覆いかぶさってはまたまた誤解を生みますが。」

 仰のけに転がってる久蔵の真上、しかもお顔の上へ。膝をついての座り込み、それだけ間近になっての…自分の顔をかざすようにして覗き込んでる態勢は、究極の小声でもっての内緒話のためのそれ。だとはいえ、そんな事情が判らぬ人からは、何とはなく妖しい態勢にしか見えないかもで。

 「???」
 「ほら。お二人とも いつまでも冷たい氷に寝そべってないで。」

 立ってください、私たちも帰らなくちゃと。自分もまたへたり込むよに座ってた氷上から、これはちょっとばかり難しかったが、それでも自力で“よいせ”と立ち上がった平八の言いようへ。うんと素直に頷いて、まずはむくりと身を起こした久蔵。その手の先、彼女の拳が入るほどの穴が空いてた氷に手を延べ、すっかりとあらわになってたカードを拾い上げると、裏表を確かめながら、こちら様は難無く立ち上がったその間合いへ、


  「おっと。そっちのお嬢さん。それは渡してもらおうか。」


 そんなお声が掛かったのは。……もしかしたなら、これもまた、このシリーズの“お約束”だったりして?
(おいおい)






to be continued.
(11.03.05.〜)


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  *さあさ、いよいよの展開となってまいりましたよお客さん! (こらこら)
   ウチの場合、彼らが“女子高生”である意味はあるんだろうか?
   大人の皆さん、油断も隙もないのがまた騒動起こしそうですよ?

  *さてここで脱線ついでに「リンクの作り方」を一席。

    リンクの底にはブライン配管という冷却管が通してあり、
    この中をマイナス10℃程度の不凍液が流れているそうで。
    この上に水を撒くのだが、
    使われる水も水道水そのままでは不純物が多く丈夫な氷にならないため、
    フィルターを使って純水に近い水にする。
    これを霧状にして厚さ数ミリずつ撒き、何度も重ねて氷を育ててゆきます。

    表面を仕上げるのはザンボーニと呼ばれる製氷車で、
    鋭利な刃で表面を薄く削り50〜60℃程度のお湯を撒く。
    お湯を撒くことで削った表面が少し融けてキレイに定着するそうです。
    こうして作られたリンクは、
    その用途や規模にもよるが温度がコンピュータ管理され、
    必要に応じてブライン配管や空調で
    その硬さなどを調節しているそうでございます。
    温度調整って、やっぱり大事なんだなぁ。

      “重箱の隅”さまより 


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